月別アーカイブ: 2017年12月

50人

50人

開業医はいったい一日に何人の患者さんを診察しているにのでしょうか?

開業当初、市内の先輩に聞くと50人から70人くらいでした。都会の皮膚科では、200人診るという噂を聞いたことがあります。信じられません。どんな診療をしているのでしょうか?

当院の標準は30人です。田舎で人口も少ないし、こんなもんかな、と思っています。ところが本日は50人みえました。

理由は、年末と昨日休診にしたこと、そして先週土曜日が祝日であったことでしょう。さすがに50人診るとクタクタです。それなりに話を聞いたりお応えをしていると、私のスタイルではこれ以上は無理です。

昼には往診があったので、結局昼食は食べれず、夕方までぶっ通しで仕事をすることになりました。本当に久しぶりに限界まで診療しました。しかし、特殊な事情があったとはいえ、頼られるのはありがたいことです。

保険診療の悪用

保険診療の悪用

写真は本日の読売新聞の夕刊です。ヒルドイドという薬が肌を綺麗にするということで、過剰に処方された経緯があります。

ところで、前回の診療報酬改定で大幅に減額されたのが集合住宅への在宅医療です。集合住宅へ往診すると高額の報酬が手にできるため、特定の医師に集合住宅を紹介し、その見返りを集合住宅を建てた業者あるいは家主に謝礼する、といった事例がありました。

それが不適切、という理由で大幅に減額されました。これは理論的におかしなことであり、診療業務への評価を歪めるにもかかわらず、医師会も諸手を挙げて賛成しました。以来、医師会には不信を感じています。

まさにそれと同じ現象です。悪いのは、不必要に処方する不心得の医師とその取り巻きであり、大抵の医師は適正に処方しています。特殊な現象を持って、すべての医師を縛るのは筋違いです(続く)。

ホワイトニング

ホワイトニング

今日は、歯を定期点検し掃除もしてもらいました。心を入れ替えて歯の定期点検をするようになったのは5年ほど前です。ライオンズクラブに歯科の先生がいらしたので、その縁で2か月ごとにみてもらっていました。

ところが、その先生が急逝し、受診が中断となっていました。全国どこに行っても歯医者さんはたくさんありますが、数あれば逆に選ぶのに困ります。その間1年ほどで歯牙は劣化し、抜歯を余儀なくされたのは不幸なことでした。

以前にかかった、家の近くの先生にかかることにしました。インターネットで見ると、以外にも評判が良かったからです。確かに基本に忠実な印象で、費用も高くありません。同じ保険診療なのに、支払いが多少なりとも違うのは、異種の身ながら公的保険にお世話になるものとして不可解でした。

本日も、フロス、歯間ブラシ、超音波、歯石除去、2種類の研磨剤によるブラッシングと1時間に渡ってクリーニングしていただきました。きちんと磨けているので、半年後で良いそうです。

遅ればせながら、残った歯がすり減らない様に大事に手入れしたいと思いました。

老衰

老衰

昨日歯科の待合で日経新聞を見ると、一面の見出しは、老衰で亡くなった場合に医療費や介護費用が少なくて済む、との記事でした。気をつけて読まないと誤解を招きかねません。

老衰で亡くなるということは、病気にかかからず元気で長生きをした、とイメージできます。しかし、ある程度年齢が上がった時に、診断と治療など積極的な医療介入をしなければ、原因不明のまま終末を迎えます。診断書には「老衰」と書かれるでしょう。

即ち、老衰=長生きではないということです。そう誤解させる様な記事の構成です。日経新聞は、大企業の応援団であり、医療費が低くなれば株価が上がり経済がう上向く、と考えています。そのための提灯記事の可能性があります。

老衰という診断が正確か、しっかりと治療されたか、などについて慎重に調べる必要があると思います。

監査

監査

枚方市の実地指導に立ち会いました。

我々の施設は介護保険制度のもと運営されている施設であり、公金を受け取って適正に運営されているかのチェックを受けなくてはいけません。

完全な自由主義なら監査はないでしょう。その様な国には、そもそも介護保険の様な公的保険はありません。施設の運営に不備があって不利を被るのは利用者の自己責任、いい加減なサービスで施設の事業経営が傾くのも自己責任です。よって、行政が運営の仕方をチェックするなどあり得ません。

今日は終始監査に立ちあいました。膨大な資料に丁寧に目を通し、細かい数字まで計算している様子に「よくやるなあ」との思いでした。心底感嘆しました。私にはとても出来ません。

私たちがきちんとやれば監査は必要ありません。監査の労力を価値産出に振り向ければ、この国の生産性はもっと上がるはずです。

しかしながら、この様な作業が続くのは、むしろ我々が行政指導を求めているからではないか、ふとそう思いつきました。